「カンムリワシには冠があるの?」
「カンムリワシはどこにいる生きもの?」
「カンムリワシは絶滅危惧種?」
「カンムリワシ」の「カンムリ」は、興奮すると後頭部の羽が逆立ち冠のように見えることに由来しています。
カンムリワシは、環境省レッドリストで絶滅危惧ⅠA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)に掲載されている猛禽類の一種です。
国内では沖縄県の八重山諸島だけに生息するカンムリワシは、石垣市のご当地キャラクターにもなっています。
白っぽい色をしたカンムリワシの幼鳥は美しく、島唄「鷲の鳥節(ばすぃぬとぅるぃぶすぃ)」の中で親離れについて歌われるなど、古くから親しまれている野鳥です。
最後まで読んでいただくと、カンムリワシの特徴・生態・分布域・絶滅危惧種になった理由などについて知ることができますので、ぜひご覧ください。
「カンムリワシ」とは
タカ目タカ科に属するカンムリワシは、アジア南部に広く分布し21 亜種に分類されています。沖縄県の八重山諸島に分布するのは、21亜種のうち固有亜種です。
環境省レッドリストで絶滅危惧ⅠA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)とされているほか、国内希少野生動植物・国指定特別天然記念物にも指定されています。
希少種カンムリワシの特徴や生態について解説していきます。
カンムリワシの特徴
カンムリワシの大きさは、全長(頭の先から尾の先まで)は約55cm、翼開長(広げた左右の翼の先から先まで)は90~120cmです。
全身は褐色で、白色の細かいまだら模様が散らばりますが、お腹のあたりは横じま状に並んでいます。
尾の先端と中ほどに黒褐色のしま模様があり、頭部は黒っぽく、目の周囲と脚は鮮やかな黄色です。
カンムリワシの種名は、興奮すると頭部にある長い冠状の羽を逆立てることに由来しています。
カンムリワシは猛禽類の中でも比較的小さく、広くて丸みがある翼が特徴で、森林での暮らしに適応した形態をもっているといえます。
カンムリワシの食べもの
カンムリワシは水田やマングローブの近くに生息し、カエル・トカゲ・ヘビ・カニなどの小動物や昆虫類を餌としており、なかでもカエルの割合が高くなっています。
カンムリワシは、農耕地・芝地・海岸・干潟など見通しのきく環境で、地面近くにいる獲物を狙う待ち伏せ型のハンターです。
カンムリワシは空中で獲物を捕まえることはなく、樹木・電線・電柱などに止まって餌を探し、地面に獲物を見つけると急降下して捕らえます。
獲物に向かって 50m以内の狭い範囲に降下して餌を獲る場合がほとんどです。枝や下草が障害物となる森林内でも、たくみに体を回転させながら避けて降下する姿が観察されています。
カンムリワシの生息を維持するためには、餌となる両性類などの小動物が豊富に存在する水辺環境が欠かせません。
カンムリワシの繁殖
カンムリワシの繁殖期は4~7月で、巣作りは1月下旬から始まります。
カンムリワシの営巣場所となるのはマツ林・広葉樹林・二次林で、営巣木として確認されているのはリュウキュウマツ・イタジイ・ハマセンダン・ハマイヌビワなどです。
メスは4月はじめに産卵しますが、1回の産卵で1卵しか産みません。
卵は45日程度で孵化し、孵化後40日前後でヒナは幼羽に覆われて羽ばたきを始めます。その後10日~1月ほど経ち、ヒナが巣から出て枝移りを始めれば巣立ちです。
ヒナが飛べるようになり徐々に行動範囲を広げ、林の外にも姿を現すようになる頃には、自ら採餌をできるようになります。
成鳥のカンムリワシに天敵はありませんが、ヒナや卵の天敵はカラスやネコなどです。
カンムリワシのヒナは、頭部や上半身が白っぽい色をしており親鳥とは印象が異なります。
1回の産卵で1卵しか生まないカンムリワシが、短期間に生息数を回復するのは難しいでしょう。
カンムリワシの分布・生息地
カンムリワシの分布域はインド・スリランカ・中国南部・台湾・マレー半島・ボルネオ島・スンダ列島です。
日本では沖縄県八重山諸島に生息し、カンムリワシの分布の北限となっています。国内で繁殖が確認されているのは、石垣島と西表島のみです。
カンムリワシは石垣島と西表島では一年中観察できる留鳥で、与那国島・竹富島・小浜島・多良間島での観察例は多くありません。
カンムリワシの生息には、営巣するための大木がたくさんある森林と、餌場となる湿地や農耕地など開放的な環境の両方が必要です。
カンムリワシは、森林から100m以上離れて出現することはほとんどありません。
カンムリワシが多く観察されるのは森林に接する水田・牧場・牧草地・耕作地であり、特に重要な環境要素は水田であることが分かっています。
環境省による2012年以降の調査では、10年間でカンムリワシは増加も減少もしておらず、生息数は維持されているとのことです。
カンムリワシが絶滅危惧種になった原因
カンムリワシは八重山諸島全体で約200羽が確認されていますが、固有亜種としては地球上で200羽しかいないということになります。
もしも国内でカンムリワシが絶滅してしまうと、地球上からカンムリワシの亜種が1つ消えてしまうのです。
カンムリワシは産卵数が少ないことから繁殖力が低く、環境の変化がカンムリワシ生息数に大きな影響を与えるかもしれません。
カンムリワシの生息を脅かしている原因について、具体的にご紹介していきます。
交通事故
環境省による調査で確認されたカンムリワシの交通事故件数は、石垣島では年7.4件、西表島では年4.1件とのことです。
これらの数字は報告されたものに限られるので、実際にはもっと多くの交通事故が発生していると考えられます。
交通事故にあったカンムリワシの約3割が幼鳥や若鳥で、交通事故件数が多いのは12月~3月の非繁殖期です。
カンムリワシの確認数が多い地域ほど事故件数も多い傾向がありますが、交通事故は石垣島と西表島の全域で発生しています。
ここ10年間でカンムリワシの生息数に大きな変化はないとの調査結果がありますが、年齢構成の変化や繁殖率の低下など、将来的には交通事故の影響が現れるかもしれません。
生息環境の悪化
カンムリワシにとって、主な餌場となっている水田は重要な環境要素ですが、近年では放棄される水田が増え良好な餌場が減少しています。
また、カンムリワシの営巣に必要な森林や隣接する餌場が開発などで大規模に改変される場合もあります。
実際に2023年10月現在、石垣島のカンムリワシが生息するエリアにおいて、大規模なゴルフ場つきリゾート計画が現在進行中です。
計画対象地でのアセスメント調査では、カンムリワシの営巣は未確認ですが、13羽の生息が確認されています。
生物多様性が高い環境が改変されることによりカンムリワシの生息環境が悪化する懸念があり、環境保護団体が、生物調査のやり直しや計画の見直しを求めているところです。
一度劣化してしまった自然環境を元に戻すには、長い時間とコストがかかる上に完全には復元できないかもしれません。
地域振興は大切ですが、カンムリワシをはじめとする野生生物や生息環境を最大限に尊重することが望まれます。
観光客の影響
撮影のためにカンムリワシに接近しすぎたり、夜間ツアーで強いライトを当てたりするなど、度を超えた観光客の行動はカンムリワシの生息に悪影響を及ぼします。
興味本位の行動によるインパクトが続けば、採餌・睡眠・なわばり形成・営巣・育雛などカンムリワシ本来の行動が妨害されかねません。
2021年に西表島を含む地域が世界自然遺産に登録されましたが、観光客の増加によるカンムリワシへのインパクトの増大が心配です。
また近年の観光形態が、大型バスで回る団体型旅行からレンタカーを使う個人型旅行にシフトしており、交通量が増加することで交通事故が増加する可能性もあります。
観光でカンムリワシの生息地を訪れる際は、カンムリワシとの適度な距離を保つとともに、車の運転に細心の注意を払うことが大切です。
外来種の影響
石垣島には、もともと生息していた野生生物のほかに、人間によって島外から持ち込まれ定着した外来種が存在します。
例えばオオヒキガエル・インドクジャク・ノネコなどです。
カンムリワシが餌として利用している両生類・爬虫類・鳥類・甲殻類・昆虫類などの数が外来種の影響によって減れば、カンムリワシの餌資源が減少してしまいます。
また、カンムリワシの卵や幼鳥を捕食する動物であれば、繁殖の成功率に直接影響するでしょう。さらに、インドクジャクがカンムリワシと競合している可能性が指摘されています。
外来種の動向も、カンムリワシの生息数に影響を及ぼす可能性があるのです。
カンムリワシの保護の取り組み
カンムリワシは環境省レッドリストで絶滅危惧ⅠA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)に掲載され、法律によって個体や生息地が保護されています。
まず、カンムリワシは、文化財保護法による国の特別天然記念物です。
また、鳥獣保護法によりカンムリワシの捕獲などが禁止されているほか、国指定西表島鳥獣保護区の特別保護区に指定された区域では次のことが禁止されています。
- 建築物その他の工作物の新築・改築・増築
- 水面の埋立・干拓
- 木竹の伐採
さらに、カンムリワシは種の保存法で指定する国内希少野生動植物種です。よって、次のことが禁止されています。
- 捕獲等
- 譲り渡し
- 販売目的の陳列・広告
- 輸出入
以上のような法的な措置のほかに、カンムリワシを絶滅から守るための取り組みについてご紹介します。
調査による生態把握
環境省は定期的にカンムリワシの生息状況調査を実施しているほか、保護した傷病個体を放鳥する際に発信機を装着して追跡調査を実施しています。
これらの調査は、カンムリワシの生息数や生息密度のほか、行動圏や休息・餌場に使っている環境についての情報を得るために有効です。
また、同じ場所で生息状況調査を続けることによって、生息数の増減を把握することにつながります。
カンムリワシの生息調査が継続されれば、実態に合わせたより有効な保護方策の策定が期待できるでしょう。
交通事故対策
石垣島・西表島の全域でカンムリワシの交通事故が発生しているため、原因を取り除く対策やドライバーへの注意喚起などが必要です。
カンムリワシの交通事故が多発している地域において、はっきりした要因は明らかにされていませんが、今のところ次のような具体例が想定されています。
- 交通量が著しく多い
- 車両速度が著しく速い
- 構造物で見通しが悪い
- 道路幅が狭く樹木が運転者の視界を妨げやすい
- 幼鳥や若鳥が利用しやすい採餌場が近くにある
今後、交通事故のリスクが高い場所を抽出して、エリアごとに対策を検討することが課題です。
また、ドライバーに対する注意喚起として、交通事故が多発するエリアでの看板・標識の設置や、事故が増加する時期と場所を掲載したリーフレットの配布が実施されています。
西表島では、同じく希少種であるイリオモテヤマネコのロードキル対策を実施しているため、既に得られている知見をカンムリワシの交通事故対策に活かすことも可能でしょう。
傷病個体の保護
西表島では、交通事故に限らず傷ついたカンムリワシの救護活動と死亡個体の回収を継続中です。
救護された個体は特定の獣医師の元へ搬送され、施設においてリハビリした後、回復した個体は救護現場にて放鳥されます。
これまで野生復帰できたカンムリワシは石垣島において80羽、西表島では37羽です。
野生復帰が困難な個体は、動物園などで飼育展示して普及啓発や生態に関する知見の収集に利用されています。
また、回収された死亡個体は国立環境研究所にて解剖され、死因の特定と細胞の保存に活かされるとのことです。
傷病個体の取り組みは、獣医師・リハビリ施設・飼育施設・保護活動団体・研究機関の理解と協力を得て成り立っています。
普及啓発
地元の市民グループ「カンムリワシ・リサーチ」は、カンムリワシの生態や希少性などについて広く地域に普及啓発するために活動を行っています。
取り組みの一つが、八重山民謡「鷲の鳥節」の唄にちなんだ「カンムリワシ週間」です。カンムリワシ週間は毎年旧正月から1週間にわたる期間で、講演会・パネル展・観察会などが開催されています。
また、カンムリワシ・リサーチが力を入れているのが、学校での啓発イベ ントや出前授業です。
そのほか、増加が見込まれる観光客を対象に、カンムリワシの保護の必要性や適切な距離を保つマナーなどについて周知していくことも課題となっています。
まとめ
ここまで、カンムリワシの特徴・生態・分布域・生息地・絶滅危惧種になった原因などについて、解説してきました。
カンムリワシは豊かな生物多様性を有する八重山諸島のシンボルであり、カンムリワシを守ることは沖縄固有の自然環境を守ることにつながります。
石垣島・西表島を訪れる際は、ぜひカンムリワシの生態と生息環境に意識を向けてみてください。
カンムリワシが存続できる自然環境が少しでも多く維持されることを願ってやみません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。