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    世界の絶滅した動物達

    【飛べないとりドードー】絶滅した動物の特徴や生息地・生き残りの可能性まとめ

    ドードーはハト科として分類される動物である。

    飛べない鳥として有名なドードーは、地上を歩き、インド洋に浮かぶモーリシャス島で生息していた。

    その頃のモーリシャス島では哺乳類の捕食者や、他の天敵がいなかったため地上の生活が可能だったと考えられる。

    基本的に群れは巣作りの時以外は作らず、常に単独で行動していた。

    主食は硬い植物の種子や果実、葉を食べて生きていた。

    カリヴァリアの木も食べていて、この木はドードーととても密接な関係にある。

    というのも、カリヴァリアの種子がドードーの消化管を通過して発芽する仕組みとなっていたからである。

    これはとても面白い現象であり、ドードーが絶滅した現在、カリヴァリアも絶滅の危機にあるという。

    ドードーは8月頃に繁殖していた。島には乾季と雨季があり、雨季の終わりには熟した果物を食べて太っていた。これは、夏の繁殖に向けて脂肪をつけていたからであると考えられる。

    卵を産む時期なると、ヤシの葉を集め1mほどの高さまで積み、巣を作っていた。普段はゆったりとしているドードーも、巣作りの際には神経質になっていて、邪魔をすると攻撃をしてきたという。

    大きい卵を1度に1つだけ産み、無事に作られた巣の上に置かれた卵は、雄と雌で交代しながら温めていた。卵の大きさからも分かる通り、産まれた雛もかなり大きく、成体になるまでにあまり時間はかからなかったという。

    ドードーの身体的特徴

    身長は1mほどで鳥にしては大きい体高であった。

    飛べない鳥とも言われてる通り翼は小さかったが、骨の上にあるよく発達した筋肉の跡から、はるか以前には翼の役割が全くなかったわけではないことがわかる。

    驚くことに、闘争の際にはこの翼が武器になる。

    翼は小さいが骨が出ている形状になっていたため、これが強い武器になっていたそうだ。

    顔の造りはハトと同様、目の周りに素肌が見えていて、くちばしまでほぼ達しているものもいた。

    額はくちばしより高い位置にあり、鼻孔はくちばしの中央部に低く、皮膚に囲まれた位置にあり、これはハトだけに共通する特徴である。

    羽毛もハトに似ていて、灰色がかった、または茶色がかった毛を持ち、端の方が少しカールしていた。

    ドードーの大きな特徴として、くちばしが挙げられる。

    長さが20cmほどあるくちばしはかなり大きく、先がフック状に曲がっておりとても頑丈であった。

    くちばしは高い力の負荷にも耐えることができたようで、これは高い位置にある木の実を食べていたであろうことが考えられる。

    雄雌差はあり、雄のほうが雌よりも大きいくちばしを持っていたという。

    ドードーとロドリゲスソリティア

    インド洋に浮かぶ島はいくつかあり、モーリシャス島で生息していたドードーがモーリシャスドードーと呼ばれるのに対し、その後にロドリゲス島で発見されたドードーはロドリゲスソリティアと呼ばれる。

    ロドリゲスソリティアのソリティアは、フランス語で独りものという意味で、意味通り単独で行動することが多かったのでそのように名付けられた。

    飛ぶことができない・卵を1つしか産まないなどモーリシャスドードーと変わらないところもあるが、所々違うため、ハト科の中でも分類としては別枠である。

    まず、雄雌ともに手首にコブ状の骨外骨症があった。このコブの発生は、戦闘中の衝撃によってできたものか、個体がペアになって縄張りを獲得したときに、放出されたホルモンに反応してできたものだと考えられている。

    コブは中手骨の長さの約半分ほどもあり、雌よりも雄の方が大きく、バスケットボールの大きさほどもあった。

    丈夫な軟骨質や皮に覆われていたため、武器としても使用していたようである。

    ロドリゲスソリティアの雄雌は、コミュニケーションのために翼を使用していた。翼は仲間とのコミュニケーションのため、あるいはライバルに警告するために低周波の音を出すことができたが、この音がどのようにして作られたかは正確には不明である。

    音は約180メートル離れていても聞くことができることから、相当優れた聴覚を持っていることが分かる。

    主食はモーリシャスドードー同様、木の実や葉などで、それに加えて石なども食べていた。

    また、雌が幼鳥に乳を与えていたという記録もあり、雌が与えている間、雄が作物の中の餌を集めて雌に届けるという分業を行っていた可能性がある。

    雌はとても美しく、全身が白色のものもあり、首も細く、まるで白鳥のようであったといわれている。

    ドードーの分布・生息地

    南アジアからインド洋の島へ

    モーリシャスドードーとロドリゲスソリティアの祖先は、約2300万年前の古生代新第三紀境界付近で発生したことが示されている。

    モーリシャス島、ロドリゲス島は火山起源の島であり、1000万年前のものではない。

    このことから、彼らの祖先は飛ぶことがができたことが分かる。

    恐らく、南アジアから島を飛び回ってそれぞれの島に到達したのであろう。

    ドード自体が生まれた時代は詳しく分かっていない。

    なぜなら、1592年にモーリシャス島を訪れたオランダの船乗りによって初めて存在を記録されたからである。

    それ以前にも生きていた可能性は十分あるが、記録はない。

    確かなことは、元々飛べない身体なので島にしか生息できないということだ。

    モーリシャスドードーは1592年に発見され、1599年にオランダの船乗りが、ドードーを見世物としてヨーロッパに連れられたことが、ドードーにとって初めてのヨーロッパ上陸であった。

    その際に連れて行かれたドードーは、約10羽ほどだといわれている。

    残りの島に生息しているドードーは、1681年に生き残りを発見されるまでの100年弱をモーリシャス島で過ごしていた。

    ロドリゲスソリティアは、1689年にオランダ人によってロドリゲス島にて発見され、その後は人間の食料となってしまい、野生のドードーはすぐに捕らえられてしまっていた。

    1761年に見られた姿が最後であった。

    密林で生息するドードー

    モーリシャスドードーが海岸沿いに生息しているという記述もたくさんあるが、実際には密林で生息することが多かったという。

    密林には主食のカリヴァリアの木や、ヤシの実があり、それらに囲まれながら生活していた。

    モーリシャス島は、平地、小さな山、森林、サンゴ礁と、様々な地帯が海岸に沿っている。

    全ての地帯が森林ではないので、ドードーが活動できる範囲は、狭かったと考えられる。

    ロドリゲスソリティアが生息していたロドリゲス島は、密林を海岸が囲う形状となっていて、高い山でも400m弱しかないような平坦な島であった。

    主に密林で過ごしていたロドリゲスソリティアであったが、気候の移り変わりがモーリシャス島よりも激しく、生活するのは困難であったといわれている。

    ドードーの絶滅した原因

    人間の食料となったドードー

    1598年に、オランダの船乗りがモーリシャス島でドードーを発見した際、彼はドードーを食料として食べた。

    その記録では、“長く頻繁に調理すればするほど硬くなるので食べにくい。とはいえ、腹や胸肉は風味がよく、咀嚼しやすいものであった。”と記述している。

    また、連れていた犬や家畜にはドードーの卵を食料として与え、ネズミにはドードーの雛を与えていたという。

    1602年には、24、5羽のモーリシャスドードーが食用に狩猟されたが、あまりに大きかったため1度の食事に2羽を食べるのがやっとであったと記録がある。

    ドードーの肉はそこまで美味しくないが、唯一美味しい部分が彼らの砂肝であり、砂肝欲しさに狩りをした人間らもいるという。

    食べきれない分は、塩漬けにして保存していた。保存し、ヨーロッパへ持ち帰ったことも記録されている。

    ロドリゲスソリティアも同じく、人間の食料として食べられていた。

    1691年から1693年にかけて最初にロドリゲス島を植民地化したフランス人が、幼鳥の風味を褒め称え、砂肝の石をナイフを研ぐのに使っていたという。

    ロドリゲスソリティアも、食料としてヨーロッパへ持ち込まれ、パイにされた記録もある。しかし、肉が硬すぎて食べられないほどであったことが後になり分かった。

    1730年から1750年の間、商人はロドリゲス島を焼き払い、ロドリゲスソリティアを狩り、彼らの卵やヒナを捕食する猫や豚をヨーロッパから持ち込んできた。

    この時代は、自分らが無制限なくドードーを食料とすることで、絶滅してしまうという意識がなかったと考えられる。

    そうだとしても、おとなしいドードーを標的に、見境なく食料としていった人間は愚かであると思う。

    見せ物となったドードー

    ドードーの生きた標本がヨーロッパや東洋に送られるほど、当時彼らは興味深いものであった。

    その証拠に数々の遺骨がヨーロッパ各地の博物館に置いてある。

    オックスフォード大学自然史博物館にある乾燥した頭と足、大英博物館にあったが現在は失われている足、コペンハーゲン大学動物学博物館にある頭蓋骨、プラハ国立博物館にある上顎である。

    また、オランダの船乗りが、初めてモーリシャスドードーを発見した際、これを持ち帰れば良い見せ物芝居になるだろうと考えた。

    当時、ヨーロッパでは見たことのない動物を見せ物にすることが流行っていて、ドードーもその仲間であった。

    1647年に1羽のドードーが日本の長崎まで送られたという情報があったが、到着したかどうかは長い間不明であった。

    2014年に初めて公開された現代の文書がこの話を証明し、生きたまま到着したことを示している。この時にドードーが送られた理由は、誰かへのプレゼントとして送られたという。

    オランダ人がモーリシャス島とロドリゲス島を植民地化してから、ドードーが絶滅するまで時間はかからなかった。

    森林伐採によってドードーの食料もなくなり、ドードー自体も人間の食料となった。

    モーリシャスドードーが最後に発見された年は1662年、ロドリゲスソリティアが最後に発見された年は1770年であった。

    ドードーの生き残りの可能性

    現在、ドードーの生き残りはいなく、全て絶滅してしまった。

    100年ほどしか生きていなかったため、記録がとても少なく、研究するにもデータがあまりないという状況らしい。

    数少ないデータの中でも、ドードーの研究をしている機関や人が現在も、ドードーとはどういう動物だったのか?と奮闘しながら研究を続けている。

    ドードー研究プログラム(DRP)

    地元の、モーリシャス大学の専門家たちが集まって発足したドードー研究プログラムというものがある。

    ドードー研究プログラムは、2005年にマーレオーソンジュ沼地にて、ドードーとカメの骨が最初に発見されたことにより研究が始まった。

    そこでは、ドードーの世界を再構築し、ドードーが絶滅した要因を明らかにすることを目的としている。

    原因を追求することで、人間と気候変動が熱帯生態系の安定性に与える影響を理解することができるという。

    ユージニア・ゴールド氏

    リンネ学会、動物学雑誌の著者ゴールド氏と共同研究者は、ドードーと現代のハトの脳がとても似ていることを示唆している。

    また、モーリシャスドードーと、ロドリゲスソリティアの嗅覚の鋭さについても言及していて、彼らは視覚よりも嗅覚によって食べ物を探していたということが分かった。

    雑誌の共著者マーク・ノレル氏は、新しい技術が、古い博物館の標本に何かをもたらすことは本当に驚くべきことだと述べている。

    このことは、自然史コレクションの維持と成長の必要性を強調していて、今後さらにドードーの新しい発見が見つかることに希望を持ちたい。