かつて、カワウソは全世界に広く生息していました。残念ながら既に絶滅してしまいましたが、日本にも「ニホンカワウソ」という水獣が全国各地の河川・湖沼に存在していたことは広く知られています。
また昨今のペットブームで「コツメカワウソ」がピックアップされていますが、2019年にワシントン条約に記載されており、その飼育には激しい制限が掛けられています。
食肉目イタチ科カワウソ亜科に属するカワウソは、南極大陸・オセアニアを除く世界各地に7属13種類が生息しており、日本の在来種ではカワウソの仲間で唯一の海獣であるラッコが有名ですね。
淡水域の水獣であるカワウソ。今回は海のカワウソ「ラッコ」をも凌ぐ、カワウソの仲間の最大種“オオカワウソ”についてご紹介していきたいと思います。
「オオカワウソ」とは
オオカワウソは食肉目イタチ科カワウソ亜科オオカワウソ属に分類される一属一種のカワウソです。
カワウソの仲間で唯一の海獣であるラッコを含めても、現在確認されている13種類のカワウソの仲間の最大種となります。
記録上の最大全長は何と1.4mを超え、体重は30kgをオーバしたそうです。
明確な証拠はありませんが、過去には2mを越す超大型個体の目撃例もあります。
平均的な全長は80〜140cmほどになり、体重はオスが30kg前後、メスが20kg前半とオスの方が巨大化する傾向があります。
尾部はパドルの様に押しつぶされた扁平形をしており、前脚・後脚には各指先端まで水掻きを持ち、非常に高い遊泳能力を有します。
水棲生活に適応した特徴はこれだけではありません。
眼球と鼻は頭部との比率が非常に大きく目立つ上に、かなり近くに位置します。
このため水面で呼吸をするのと同時に、周囲の状況や外敵の有無さえ見極めることが可能です。
泳ぎをスピーディーにするために皮下脂肪等はほとんど持ちません。
つるんとした外見通りその体毛も短く、実に1mm以下、0.3〜0.5mmほどの体毛が過密状態で生えており、空気の層を逃さない構造になっています。
そのため水中でもその空気層が体温低下を防ぎ、水の抵抗力を極限まで減らす役割を担うのです。
餌はカラシンやコイの仲間・ナマズ等の大型魚類が主食です。
特に動きの穏やかな魚を捕食する事が多く、かなりの大食漢で一日あたり3〜5kgもの魚を食します。
ペアやその子供である幼獣、時には孫も入れた6〜10数頭の群れで行動し、その狩りも群単位で行います。
顎の力が強く、南米プレコ等の固い外郭を持つ魚さえバリバリ噛み砕いてしまい、まるまる1匹の魚をほぼ全て平らげてしまいます。
その他にもカニ・エビ等の甲殻類が大好物で、時にはかなり大型のヘビや、アリゲーターの幼体・若齢個体でさえ集団で襲いかかり捕食することもあるそうです。
これらのある意味ショッキングな捕食映像などがSNSなどで拡散された上「夢に出るほど恐ろしい生き物」などの煽り文で誤解されがちですが、実はかなりの賢さを持ち、その好奇心が強い動物なんです。
前述の様にオオカワウソは頂点捕食者に近い哺乳類なのですが、天敵はピューマやジャガーなどの肉食獣や成体のアリゲーターです。
オオカワウソの群れは9種類の鳴き声でコミュニケーションを取ることが知られ、天敵が接近すると見張り役の個体が警戒音を鳴らします。
基本、野生動物は天敵に襲われると「逃げ」の一択を取ります。
オオカワウソも例外ではなく、リスクのある争いはせず通常は大得意の泳ぎを駆使し逃げ切ることがほとんどです。
しかし群れの中に幼い個体や弱った個体がいる場合、仲間に危機が迫った時はピューマ・ジャガー・アリゲーターに果敢に立ち向かう事が知られています。
1mオーバーの肉食獣が複数匹いれば、大抵の天敵も戦意を喪失してしまいます。
この時の争いも熾烈なもので、捕食シーンも含めた獰猛な点がどうしてもピックアップされがちです。
反対にオオカワウソの生態を深掘りしていくと、その意外な一面に驚かされるでしょう。
まず、オオカワウソは完全な一夫一妻制であり、一生の大半を特定のオス・メスと共に過ごします。
前述の通り、全ての面で群れでの集団生活を行い、その集団は子供や孫などの血族が主体となり構成されています。
群れの行動範囲やテリトリーは水場・陸地を含めた半径6〜7km圏内とかなり広大です。
オオカワウソは水棲・陸棲の二面性を持ち、繁殖や寝ぐら用の巣穴は約2mほどのトンネルと部屋を持ち、主に水辺近くに自ら掘り上げて営巣します。
狩り以外にも、睡眠時や陸上を移動する際も常に仲良く群れで行動し、その9種類の鳴き声によりお互いの関係性をより強固なものにしています。
オオカワウソの見た目は黒色に近い体毛であり、その大きさからまるで海獣の様な印象を受けます。
天敵との対峙や集団での捕食などの先入観があると、かなり身構えてしまう動物ですが、意外にもかなり好奇心旺盛な動物なんです。
未知のものに対する好奇心は特に強く、人間のカメラやビデオなどにも余り臆することはありません。
寧ろオオカワウソ自ら近寄って来て、匂いを嗅いだり飽きるまで触れる姿の方が、古くからの研究者間では有名なほどです。
「オオカワウソ」の分布・生息地
オオカワウソの分布は南米大陸中部から北部にかけてです。
アルゼンチン・ウルグアイの個体はすでに完全絶滅してしまいました。
具体的にはブラジル・コロンビア・ペルー・ベネズエラ・ボリビア・エクアドルが彼らの生息国です。
その中でも、オリノコ川・アマゾン川・ラプラタ川の3つの河川の支流域にのみ限定的に生息しています。
湿原地帯や流れの緩やかな支流域を好み、時には池や沼などの止水域も活動場所とします。
カワウソと言えばほぼ水中にいるイメージがありますが、本種に限っては陸棲傾向も強く、水中・陸上で活動する時間はほぼ半々となります。
魚食メインなので陸上で狩りをすることはほぼありませんが、アリゲーターの幼体や大型のナマズやカープ(鯉)などを仕留めると、陸に引きずり上げてから獲物を食べることが知られています。
四肢…特に前脚は獲物をガッチリと掴み捕食できるように、かなり器用な動きができるよう発達しており、陸上でも俊敏な活動が可能です。
このため半径6〜7kmの広大なテリトリーを保有する事が可能となります。
特に水が干上がりかけた沼等に取り残された魚を見つけるのが素早く、乾季にはこの様な場所を求めかなりの長距離の移動も確認されています。
「オオカワウソ」が絶滅危惧種となった理由
オオカワウソは現在ICUNレッドデータリストにより、絶滅危惧IB類にカテゴライズされており、絶滅の危機に瀕しています。
個体の危険度を表す指標ではEN(Endangeredの意味)がつけられています。
これはニホンカワウソ・ニホンオオカミなどの完全絶滅を表EX(Extinct)、クニマスなどの野生種絶滅EW(Extinct in the world)、ツシマヤマネコ・イリオモテヤマネコなどの絶滅寸前CR(Critically Endangered)に次ぐ高い指標です。
国内固有種で表すと、オオカワウソの危機的状況が判断しやすいでしょう。
日本国内ではオオカワウソと同じ立場のEN・絶滅危惧IB類には「ダイトウノスリ」「アマミノクロウサギ」「ライチョウ」「オヤニラミ」「イトウ」「ゲンゴロウブナ」「クマタカ」「ニホンウナギ」などが挙げられます。
特にライチョウやニホンウナギは最近メディアでも取り上げられる事が多いので、オオカワウソの現状が分かりやすいのではないでしょうか。
オオカワウソがここまで個体数を減らした要因は多く挙げられます。
その中でも人間による「狩猟」と「生息地の開発」が二大要因です。
オオカワウソの毛は非常に短く密に生えるため、手触りも良く加工しやすく、断熱性も抜群に良い優れた毛皮でした。
1900年代中頃のEU諸国では一頭の毛皮につき250アメリカドル(日本円で約25,000円)で取引されるほど高価であり、南米国家は輸出産業としてオオカワウソの狩猟を強化します。
特に終戦後直後の欧米国の毛皮ブームが重なり、貧しかった南米諸国の漁師などはこぞってオオカワウソの狩猟をメインにしてしまいました。
オオカワウソは先述通り大柄で目立つ上に、鳴き声なども盛んで容易に人間に見つかってしまいます。
しかも日中に活動する昼行性の性質と、好奇心旺盛な性格が仇となり、終戦直後から80年代にかけての約40年間オオカワウソの狩猟は続いたのです。
狩猟が現在ほぼ行われていないのは、残念ながら国家による抑制が原因ではありません。
もちろん積極的に保護活動をしている国家や地域・人物等も多く存在しますが、決定的な理由は、服飾技術の進歩により単純に毛皮の価値が下落したからです。
この様に人間の一時の欲のための乱獲で、オオカワウソは大幅に個体数を減らしてしまいました。
最盛期にはブラジルで一年あたり25,000枚の毛皮が輸出された記録も存在し、オオカワウソの乱獲の規模の大きさを物語っているようです。
第二の問題が「生息地の開発」です。
開発と言っても農業など人間の生活に必要不可欠な開発ではなく、主に金銀を採掘する鉱山の開発の事です。
この採掘作業の際に河川に垂れ流しにされた水銀等の有毒物質が生物濃縮を起こしてしまいます。
水中の植物プランクトン、動物プランクトン、甲殻類や貝類、魚類と捕食順位が上がるにつれ体内の有毒金属は生物濃縮により残存量が増します。
これら魚類を餌のメインとしていたオオカワウソは、たちまち鉱物中毒により死亡し姿を減らしてしまったのです。
このアマゾン川周辺の水銀問題は今なお根強く残っており、世界最大淡水魚のピラルクやアリゲーター、果てにはピューマやジャガー等肉食獣の減少の要因にもなっています。
「オオカワウソ」の保護の取り組み
ここまでオオカワウソだけを取り上げてきましたが、どの国家・大陸でも大気汚染より河川・湖沼などの水質汚染の方が地球規模で先行しています。
そのため水場に依存するカワウソの仲間は急速にその姿を減らしつつあるのです。
ペットとして有名になった「コツメカワウソ」は実はIUCNのVU(Vulnerable species)、絶滅危惧カテゴリーの危急種に定められています。
これはオオカワウソのたった一つ下の指標であり、絶滅危惧という枠内では完全に同一となります。
すでにお話ししましたが「ニホンカワウソ」はEX、完全絶滅であり、その姿を二度と見ることはできません。
オオカワウソの状況がクローズアップされがちですが、世界のカワウソたちが等しくその数を減らし続けているのが現状なのです。
そのためイギリスでは「国際カワウソ保護基金」、日本等の関係諸国などで「日本アジアカワウソ保全協会」という国際保護機関が立ち上げられ、毎年5月最終水曜日を『世界カワウソの日』と定めています。
世界のカワウソの現状を知ってもらうため、様々なイベントや募金活動が行われ、カワウソが現在置かれている現状を広く世に知らしめているのです。
そしてオオカワウソの局所的な保護活動、つまり生息地での保護の取り組みを挙げると、ブラジル政府は1970年にオオカワウソの狩猟を完全に禁止し違法化しています。
保護施策当初は密漁が後を絶ちませんでしたが、年を経るにつれ徐々に違法な採取・密漁等は減少傾向にあります。
また、ガイアナ共和国ではカワウソ保護団体がオオカワウソの保護を、実に30年もの長期に渡り行ってもいます。
群れからはぐれた幼個体の保護・育成や、密漁摘発個体の一時的シェルター、傷ついたオオカワウソの治療などを地道に行っている世界的にも著名な団体です。
活動当初は無理解や偏見の目で見られたそうですが、地道な草の根活動の成果もあり、今やガイアナ共和国全体にオオカワウソに対する保護意識の精神が広がっています。
現在2021年におけるオオカワウソの推測個体数はたった5000頭ほどです。
昨今SDGsや化石燃料の排除、二酸化炭素削減による地球温暖化防止などに代表される様に、世界的に地球そのものの環境保全の見直しが進められています。
ただ同時進行で姿を消しつつある…もしくは消す寸前の動植物の保護も重要でしょう。
まずは自らの足元から意識を向けてください。
2022年5月の最終水曜日に、当記事の記憶が読者の皆様の心に残っていたのなら幸いに思います。